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coolでhot 大真面目に遊び半分 それがいつでも上機嫌になれる塩加減


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中年H


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中年Hは私の30年来の友人。高校時代に組んでいたバンド仲間、いわゆる「音もだち」である。私は学校の「けいおん」を嫌って学校の外でバンド活動をしていた。メンバーは全員違う高校に通っていた。プロ志向のバンドだったが、彼は弁護士になり私は教員になった。彼は弁護士として私のクラスの子どもたちに裁判と法律の話をしに来てくれた。

ダメもとで話をふってみたが、即快諾のメールをもらい、「取りあえず打ち合わせしよう」とわざわざ学校まで足を運んでくれた。当初は6年生2クラスに各1時間ずつの予定だったが、いろいろ話し込むうちに「2時間ずつやってもええよ」ということになったのだ。

「法を守ることや裁判という手続きを大切にすることが、市民の自由を守ることなのだ」という大切なメッセージを弁護士の立場から、現場情報たっぷりに伝えてくれた。

弁護士バッジはいつも裏を向けてつけている変わり者。「裁判所でもこのままやで。権威に弱い人の前では表向けるけど・・・」という話。

類は友を呼ぶのか。次回は私が彼の事務所がある大阪へ出向き、美味しいトンカツを食べる約束をした。
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by lastsalt | 2013-02-27 22:12 | Comments(0)

四季の俳句


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子どもたちの句集「春夏秋冬」が完成した。各自がそれぞれの季節の感動を五七五に読み込んだ。グループや学級全体で読み合って何度も推敲を重ねた。そして、せっかく出来上がった句にも、私は平気で何度もダメだしをして書き直させた。

これは子どもたちと私との格闘の記録でもある。子どもたちが使うことばの質が変われば、心も文化も変わる。集団の空気が変わる。ことばが豊かになれば暴力もいじめも激減する。そのことを私は経験から知っている。それは単に語彙が増えたり、大人びた表現を覚えて理屈っぽくなったりすることとは違う。あくまで自分の生きた経験と結びついた等身大のことばでないといけない。

大げさな飾ることばを覚えて誉められると、ごまかしのうまい嫌な子どもが要領よくズル賢い大人になるだけだ。俳句や短歌などの定型の短い詩の場合、学力の低い子でもホームランが打てる確率が高い。それがいい。言いたいことがスッキリ言えた嬉しさや誰かに伝わった喜びを経験することは、とてつもなく大切な経験だ。少しでもたくさんそういう感覚を味わって欲しい。

さいごまで楽しくがんばり抜いた子どもたちを誇りに思う。
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by lastsalt | 2013-02-27 00:40 | Comments(2)

mineral salt


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koji君が、私の過去のメッセージを整理して再配信してくださっています。下のURLからどうぞ。
ご意見、ご感想を是非お寄せください。


又、信仰放談で取り上げて欲しいテーマも参加者やリスナーのみなさんから募集しています。

次回のChapter29の日程は未定です。決まり次第お伝えします。

http://kakosalt.exblog.jp/
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by lastsalt | 2013-02-24 23:07 | Comments(2)

明日はChapter29


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と き 2月23日(土)Pm2:00~

ところ 室生振興センター・会議室
(近鉄室生口大野駅前スグです。宇陀市役所分庁舎の横の建物です。場所がわからない時はご連絡ください。)

Am10:30~ Saltと銀じ郎の信仰放談「奉仕」も公開します。
ご希望の方は自由にご参加ください。

今年は信仰放談のテーマを皆さんから募集しています。
信仰放談の配信希望や、出張メッセージのご要望があれば、気軽にお知らせください。
ご連絡は、@kcn.jp まで。 (@の前にsaltをつけてください)

室生振興センター
TEL 0745-92-2496
宇陀市室生大野1637番地
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by lastsalt | 2013-02-22 22:39 | Comments(2)

USJ


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USJへ卒業遠足だった。下見も出来なかったので今日が人生初USJ。

正直こういうところは苦手だが、来た以上はつべこべ言わずに「味わう」のがSalt流。毎日教室で同じ時間を過ごしている子どもたちと一緒なので、どこで何をやっていてもそれはそれで楽しい。

特に2度行きたいとは思わないが、「なるほど、こういうものなのか・・・・」という体験をさせてもらった。

いろんな意味で軽いカルチャー・ショック。アトラクションの内容や雰囲気については想定の範囲だったが、それ以外の様々なディテイルに関して、いろいろ考えさせられる時間だった。

空虚なアメリカ文化を無批判に受け入れて、無意識に自分の内部に取り込んできた日本人の心のプログラムは、簡単に修正できない習性を育んでいるようだ。

ウイルス・サイズの黒船だな、これは。

Uso Shinjirarenai Jodandesyo!
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by lastsalt | 2013-02-21 23:56 | Comments(4)

謝恩会


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謝恩会だった。いろんな制限のある中、子どもたちに内容はほぼ委ねた。音楽&家庭科の先生方の力も借りてそれなりのかたちが整った。

子どもたちによるグループごとの出し物では、緊張と照れで練習の10分の1も力を出せないグループや直前にもめてグダグダになったグループもあったが、逆に真面目に練習しなかった癖に普段以上のパフォーマンスを見せたグループもあった。

失敗も成功も含めて、それがそのまま子どもたちの現状だ。おうちの方に子どもたちのありのままを見てもらえてよかった。普段の和やかな空気やそれなりにココというところはまとまる感じも十分伝わったと思う。
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by lastsalt | 2013-02-15 00:25 | Comments(0)

陶芸の誓い


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図工はいよいよ卒業制作に取りかかった。プランは3つあって、そのうちの第1弾は陶芸だ。前任校で付き合いのあった信楽の窯に頼んで本焼きしてもらうことになった。各教室に置く花瓶と、先生方にプレゼントする一輪挿し、そして第3弾の色紙を立てるためのスタンドを作る。(実は、第2弾もある)

「この子たちなら、余裕でうまくいくはず」という期待があったが、思いの他苦戦した。それはこれまでに付き合ってきた6年生と比べての思い込みだった。よく考えれば、今の子たちは初めての陶芸体験だ。前任校では入学時から楽焼きや絵付けもやらせていたので、6年になると5年間の経験が生きていたわけだ。しかも、前回の卒業制作のときは、地元の陶芸家にも助っ人に来てもらっていたこともすっかり忘れていた。

あっちからも、こっちからも、「先生、見て~」「助けて~」「広がった~」「これでいいの~」の雄叫びと黄色い叫び声。底が抜けたり、穴があいたり、ぺろんぺろんで崩れて来たり。「無言で集中するべし」という私の指示など全く無視して大騒ぎの4時間。そう、4時間。2時間+20分休み程度の予定が、大幅に時間オーバー。「えッ~もう給食?」「早~ッ」などと、子どもたちとぼけたことを言い合っていたが、4時間目が終われば当然お昼だ。なんやかんや言いつつ、楽しく出来た。

中腰で4時間、さすがに腰が痛い。今度やる時は、絶対、誰か陶芸やってる連れを呼ぼう!
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by lastsalt | 2013-02-14 01:06 | Comments(2)

良い授業なんかしない


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「教師は良い授業に対する憧れからなかなか脱することが出来ない。これが学び合う教室を生み出せない一つの要因となっている」と、「学び合う学び」を推奨する石井順次氏は指摘しておられるが、全くもってそのとおりだ。

私は、教師が自分の手順で段取りどおりに進めて、ひとりで納得する授業ではなく、子どもたちが学びの主体になって、お互いがともに異なる感性や願いをもって生きていることを感じ合えるような場を作りたい。

黒板を背にした一問一答式の一斉授業や、一方的なレクチャー型の授業では、学びから逃げ出す子どもたちが後をたたない。これでは、ひとつの結論に至るさまざまな道筋を検証したり、困っている仲間を支え合ったり、他者と価値を共有したりという喜びはほとんど味わえない。それこそ家でモニターを見て学習するのと変わらない。いい気になった秀才や、やる気をなくした落ちこぼれを生むだけだ。

もっと知りたい。もっと出来るようになりたい。これは、人の基本的な欲求だ。学ぶことを、つまらなく味気なくしてしまう授業を良い授業とする価値観は、どう考えてもおかしい。

本当は頭の悪い秀才や架空の平均児童のための良い授業に対する徹底的な見直しが必要である。
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by lastsalt | 2013-02-11 19:01 | Comments(0)

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イエスのメッセージは、反対者をいっそう苛立たせ、群衆を混乱に陥れ、弟子達にさえじゅうぶん理解されなかった。それは決して聞き手に媚び売る耳障りのよい話などではなかった。

イエスの話が確信に及ぶと、弟子たちのうちの多くの者が、「これはひどいことばだ。そんなことを誰が聴いておられようか」(ヨハネ6:60)とつぶやいて離れ去った。イエスのメッセージは霊でありいのちである。道徳や処世術ではない。

パウロのことばに興味を持って聴き始めたアテネ市民も、死者の復活の話になると、ある者たちはあざわらい、他の者たちは、「このことについては、またいつか聴くことにしよう」と言っている。(使徒17:32)

メッセージの評価とは、元来そういうものである。

私は好んで嫌われようとは思わないが、誰かに気に入られる話をしようとは思わない。勿論、聴き手に敬意は払うが、伝えるべきことをキチンと伝えることを優先する。今年は改めてその思いを強くしている。そんな私のメッセージを聴いてくださった方の内面で何が起こったのか、暮らしがどう変わったのかを知りたい。キリストのいのちの結果を見たい。

万人に受ける話や軽く聴き流されるような話をしているようでは全然ダメだ。
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by lastsalt | 2013-02-07 23:47 | Comments(0)

油分け算


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算数は一応6年間の学習内容をすべて終えて、後は応用と復習に時間を費やすことが出来るようになっている。

昨日は鶴亀算で今日は油分け算。これがなかなか面白い。油分け算は江戸時代に書かれた「塵劫記」という書物に載っているものが教科書にも紹介されている。けっこうノリが良かったので、残り5分で即興でダイハード3の問題も出してみた。明日はその答え合わせからだ。

主人公のマクレーンに恨みを持つという犯人が仕掛けた爆弾の時限装置を解除するため、噴水の所に5ガロンと3ガロン入りのポリタンクがあって、これを使って正確に4ガロンをポリタンクに残し、はかりに乗せなければならない。さあ、どうする?ってやつだ。

子どもたちはけっこう必死で考えて、チャイムが鳴ってからもあっちこっちで「塵劫記」の問題の教え合いをしたり、ダイハードの問題ににチャレンジしたりしていた。

テストや評価が無くても、叱責や体罰がなくても、面白ければ子どもはちゃんと課題に向き合うものだ。目標をすり替え動機を歪めるから、成長のプロセスも結果もおかしくなるのだ。
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by lastsalt | 2013-02-07 02:19 | Comments(2)