人気ブログランキング |

seasoned with salt lastsalt.exblog.jp

好きなリンク先を入れてください

coolでhot 大真面目に遊び半分 それがいつでも上機嫌になれる塩加減


by lastsalt
プロフィールを見る
画像一覧
更新通知を受け取る

象徴のお気持ち


a0208786_19144247.jpg



a0208786_19134660.jpg


母校である畝傍高校の校章は金色のとんびである。金色のとんびというとアホみたいだが、金鵄(きんし)というとちょっと格好良くなる。でも、要するに金色のとんびである。意味するものは同じ。ことばなんてその程度のものだが、ことばにこだわりすぎると話はややこしい。

ことばにはそれに付随する歴史や背景というものがある。金色のとんびはただの鳥ではない。鳥の種類と色を説明しているだけではない。実はこの鳥さん、『日本書紀』に登場するのだ。『日本書紀』の記述では、初代天皇となる神武天皇が長髄彦と戦っている際に、金色の霊鵄が天皇の弓に止まると、その体から発する光で長髄彦の軍兵たちの目がくらみ、天皇軍が勝利することができたとされる。(ウイキペディアより)

つまり、歴史発祥の地である奈良の伝統ある学校のシンボルに相応しい鳥さんなのだ。卒業生にはけっこうな著名人もおり、偏差値的にはどこの都道府県にもあるような進学校のひとつにすぎないが、歴史があるだけにローカルエリート色が強い。私はそういうのがいやで、ずいぶん抵抗していた。入学して半年はがんばったものの、「こんな学校通い続けたら、アホになるのでやめます」と校長室に訴えに行ったこともあった。

生徒会時代には文化祭のテーマ館を担当したが、校章をガラスケースに入れて有刺鉄線で巻き、教室中にゴミをまき散らして鍵をかけ、「立ち入り禁止。窓から鑑賞のみ許可する」と札を下げ、テーマを「偶像の黄昏」とした。かなりいかれたインスタレーションだったので、ほとんど誰も覚えてもいないだろう。

高校時代の思い出は別にどうでもよくて、「象徴」の話。とってもナイーブだった当時の私にとっては、帽子の金の校章は学校というシステムの象徴だった。まさに偶像である。「象徴」ということばは、金のとんびよりさらにややこしい。

天皇は国の象徴と言われて「何のことやら」と思わない人は嘘つきか馬鹿である。私は無理矢理、学校の校章みたいなものだと理解したつもりでいた。そう、憲法は論理的には破綻しているのだ!破綻した憲法は、「天皇は国民統合の象徴である」と規定している。天皇は国民じゃない。人権もない。住居移転の自由も、職業選択の自由もない。

今回、天皇がおことばを述べられるというのは、高校時代の私の理解では、帽子の校章がいきなり人のことばで喋り出すようなものだ。だから、そろそろ大人になった私も「表向きは天皇のおことばとはされているものの、どれだけの天皇ご自身の思いが反映されるものだろうか」と訝っていた。よもや、校章が帽子に都合の悪いことなんぞ言うはずがなかろう。

勿論宮内庁のチェックはあるだろうが、陛下は許された範囲の限られた語彙を紡ぎつつ、ギリギリのお話をされたのではないかという印象を受けた。

戦後の曖昧な日本で、憲法に規定されたわけのわからない象徴という務めをこれほど誠実に黙々と果たしてこられたお姿に感動さえ覚えたのだ。

「即位以来,私は国事行為を行うと共に,日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を,日々模索しつつ過ごして来ました。伝統の継承者として,これを守り続ける責任に深く思いを致し,更に日々新たになる日本と世界の中にあって,日本の皇室が,いかに伝統を現代に生かし,いきいきとして社会に内在し,人々の期待に応えていくかを考えつつ,今日に至っています。」

憲法の下,天皇は国政に関する権能を有しません。そうした中で,このたび我が国の長い天皇の歴史を改めて振り返りつつ,これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり,相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう,そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく,安定的に続いていくことをひとえに念じ,ここに私の気持ちをお話しいたしました。」

天皇が象徴であると共に,国民統合の象徴としての役割を果たすためには,天皇が国民に,天皇という象徴の立場への理解を求めると共に,天皇もまた,自らのありように深く心し,国民に対する理解を深め,常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。こうした意味において,日本の各地,とりわけ遠隔の地や島々への旅も,私は天皇の象徴的行為として,大切なものと感じて来ました。皇太子の時代も含め,これまで私が皇后と共に行おこなって来たほぼ全国に及ぶ旅は,国内のどこにおいても,その地域を愛し,その共同体を地道に支える市井の人々のあることを私に認識させ,私がこの認識をもって,天皇として大切な,国民を思い,国民のために祈るという務めを,人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは,幸せなことでした。」

これは、明らかに象徴天皇自らが、憲法を尊重されてのおことばであって、退位を念頭に入れて、未来を見据えてこれを語られたことには非常に重いものを感じた。内閣改造で外されて泣きながら辞めていった大臣との差は大きい。天皇は、「地域の共同体を地道に支える市井の人々ことが国民である」ときちんと理解して明言されている。国民を票田や財源と考える人たちとはまるで品格が違うではないか。

ここで天皇に関する現行憲法と自民党改憲案を比べてみよう。

現行憲法
「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」

自民党改正案
「天皇は、日本国の元首であり、日本国及び日本国民統合の象徴であって、その地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」

あえてヒロシマの後、ナガサキの前というタイミングで、大切なお気持ちをあかされたのも、お考えあってのことだろう。

平成の象徴天皇は、本当に立派なお仕事をなさったと思う。
Commented by 硬派銀じ郎 at 2016-08-10 12:15 x
同感です。戦争を知っている天皇が、市井の人々と象徴天皇であることを、あのようにお考えだったのか、と感動しました。

また、いろいろな思惑が働くのでしょうが。
Commented by lastsalt at 2016-08-10 15:50
もっと形式的なおことばを予想していただけに、かなり踏み込んだ内容に正直驚いています。

これを聴いてもほとんど何も感じない人や、ただ天皇というだけでアレルギーをおこす人もいるようですが、私は安易な改憲にブレーキをかけさせるよい会見だと思いました。
by lastsalt | 2016-08-09 19:16 | Comments(2)