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腹筋と刃


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私たちの信仰の根拠はどこにあるのか。極端な話、そもそも日本語訳聖書などは相当にバイアスがあるわけだ。いつも言うが、日本語で真理を考えるからニッポンキリスト教の体系が出来上がる。忘れてならないのは、御言葉はすでに内にあること。真理の御霊が内住されているのだ。それはすなわちキリストの御霊、聖霊はキリストの言葉を証しし、あらゆる真理に導いてくださる。私たちは神の宮、三位一体の神が内側にいのちとして臨在される存在。何ということ、ついに狂ったかDr.Luke!?(Dr.Lukeのidele utteranceより)

言葉による芸術の本質は、エッチングにおける硝酸と同様に腐食作用に基づいているのであって、われわれは言葉が現実を蝕むその腐食作用を利用して作品を作るのである。しかし、この比喩な正確ではなく、エッチングにおける銅と硝酸が、いずれも自然から抽出された同等の要素であるのに比して、言葉は硝酸が銅に対応するように、現実に対応しているとは云えない。言葉は現実を抽象化してわれわれの悟性へつなぐ媒体であるから、それによる現実の腐食作用は必然的に、言葉自体をも腐食してゆく危険を内包している。むしろそれは、過剰な胃液が、胃自体を消化し腐食していく作用に譬えた方が適切かと思われる。(「太陽と鉄」三島由紀夫)

Lukeさんのブログの記事を読んで、「太陽と鉄」(現在再読中)の中の三島のことばを思い出した。

聖書はもちろん神のことばに違いないが、聖書はまことのことばである「イエスについて」書いてある。この内在する御方のリアリティーを失ったクリスチャンが用いることばには、さまざまなバイアスがかかる。たとえそれが聖書の翻訳という作業であってさえも例外ではない。かくして、クリスチャンという胃袋は、歪んだ聖書翻訳を含むキリスト教用語という過剰な胃酸によって溶かされ病んでいくのだ。

三島ほど、言葉にリアリティーにこだわった作家はいない。三島の腹を切り裂いた本当の刃は、実は金属ではなく彼自身が抽象化した鋭利な言葉であったのかも知れない。

キリスト教のヘナチョコなメッセージは、三島の腹筋に軽くはね返されるということを知らねばならない。
Commented by shige at 2013-11-19 04:47 x
三島の腹筋に食い込むメッセージをしてるキリスト教会ってどれくらいあるのでしょう?
Commented by lastsalt at 2013-11-19 19:19
さあ、どれぐらいあるんでしょうか。私はただシンプルにみことばを語るだけです。
by lastsalt | 2013-11-16 01:47 | Comments(2)