
私の勤務校は地域のセンター的な場所なので、選挙やお祭りの会場にもなる。先日の夏祭りでは、SIGN氏がもうひとつの顔である花火職人となって夜空に花火を打ち上げていた。それを私の生徒たちが、それとは知らずに家族や友達と楽しんでいたわけだ。
みんなが夜空を見上げて笑顔になる。何でも仕掛けや裏側が気になるSaltみたいな人種は別として、ほとんどの人は、花火を見て単純に楽しむ。それでいいわけだ。この子が書いた日記以上のものや、以外のものがあってもいいが、なくても全然かまわない。誰があげたって花火は美しい。みんなでそれをひととき楽しめばいい。
福音も同じ。どの教会に集うとか、誰のメッセージを聴いたとか、そんなことはどうでもいい。私は十字架と復活という花火を夜空に上げ続ける無名の職人でありたい。
でも、「その花火は私の友達が君たちを喜ばせるために打ち上げたものだよ」というのは、ちょっとだけ言いたい。