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coolでhot 大真面目に遊び半分 それがいつでも上機嫌になれる塩加減


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かけ足大会


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この寒い時期にあえて、「耐寒」を掲げて長距離走をやっているのは市内でも私の学校だけ。寒いときに、走ってからだが温まるという経験はとても貴重だと思う。ここ数年、過呼吸で倒れる児童も出て救急車も出動しているが、それでも緊急対応を万全にしたぐらいで、ビビって時期を変えなかった私の学校の対応はなかなか立派だと思っている。私は中間地点のポイントにいたので、ゴールの様子は見られなかったが、今年もいろんなドラマがあったようだ。
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by lastsalt | 2015-01-28 22:17 | Comments(0)

人にはたらく


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「人にはたらく」は写真展のテーマであると同時に、SIGNさんの新生後の指針のようなものだ。彼が勤める職業訓練校の専門校展を見に行って強くそれを感じた。「いかなる表現も、ただ内に向かうだけのものであってはならない」という主張が伝わってくる。

自分で作品をつくるより、生徒につくらせるのは遥かに難しい。指導した結果、生徒が自ら考え勝ち取ったものがそこに感じられるようなものをつくらせてやりたい。そのように思うものだ。私も教える仕事に携わってきた者として、SIGNさんが訓練生にかける思いがよくわかる。

本格的な家具が、原価で売られていた。そこにこめられた様々な思いは、まさにプライスレス。息子の新生活のためにプレゼントするべく私も3点入札するが、いずれも抽選漏れ。う〜ん、残念。
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by lastsalt | 2015-01-26 02:01 | Comments(2)

人質


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人質問題の報道は深刻でありながら、どこかマンガチックで滑稽でさえある。まるで時間切れなどないのを知っていたかのような政府の対応。テロに屈しないのではなく、ただ無能で無力な指導者たち。こんな政府に何を期待し、何を託せと言うのか。

母の会見が痛々しい。

ジャン・フォートリエの「人質」の絵が思い出される。
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by lastsalt | 2015-01-24 23:32 | Comments(0)

白い壁のある風景


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2月末からの写真展にむけて、ギャラリーの下見と打ち合わせに全員集合。
海遊館のすぐそば、まさに海岸通。展示位置や写真のサイズも決まる。
時間があれば、丸ごと借り切っていろいろやってみたい気がする自由な空間だ。
今回はたった3枚だけの参加とはいえ、グループ展なので、まるで学生のような楽しさがある。
プロ・アマの境界線もなく、いろんな意味でボーダーレスな集まり。
それぞれの思い、それぞれの表現。
それは「写真という刃物によって砕かれた作者の破片」だと主催者のSIGN氏は言う。
さあ、白い壁面に作品が埋まったとき、同じ場所に立った私は何を感じるだろう。
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by lastsalt | 2015-01-24 22:12 | Comments(4)

惚けた祖母へ


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惚けた祖母へⅠ

古びて錆ついた船のように
あなたはよどんだ入江から
焦点の定まらない瞳で遠い海を見ている

縮んで隙間だらけになった脳は
深海の泥のように眠り
もう辛かった航海を思い出すこともない



惚けた祖母へⅡ

バラバラになった時間は
もう二度ともとには戻らぬパズル
ただ不可解な断片と戯れるばかり

かつて私を抱いてくれた腕も
今はなえて垂れ下がり
自分の口に命の糧を運ぶことさえ忘れてしまった



惚けた祖母へⅢ

あなたはあなたのかたちをしたにんぎょうになってしまった
わたしのなかのあなたもあなたのなかのわたしも
なにもかもこわれてしまった
あなたがばつをうけているのか
わたしがばつをうけているのか
だいすきだった
ばあさん


この3つの詩は1999年に上梓した「生贄たちの墓標」に収めたもの。

私は祖母に何一つしてあげられなかった。
惚けていくのをただ見ているしかなかった。
彷徨えば、探して迎えにいくしかなかった。
家に連れ戻っても、そこが自分の居場所であることさえ理解出来ず、
涙を流している私を赤の他人だと思って、バカ丁寧に礼のことばをのべた。
母を守るため、最後は施設に預けることになった。
最後は家族と離れた場所で、祖母は静かにその一生を終えた。

祖母が亡くなった次の日、娘が生まれた。
祖母が亡くなったのは12月31日、娘が生まれたのは1月1日。

神は圧倒的な主権を私に示し、慰めを越えた力で今日まで私を支えて来られた。
私は一切に絶望しているが、まだ神には絶望していない。
悲しみは癒えることなどない。しかし、神は私の悲しみをよく理解しておられる。
それが、私の信仰の根幹だと言える。
かの御方は「悲しみの人」である。

写真はマリオ・ジャコメッリ。
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by lastsalt | 2015-01-24 10:45 | Comments(10)

無用の用


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教材ですか?という質問があった。

確かに「教材」という分類なのかも知れない。でも、私は「それ」を使って特に何かを教える気はない。子どもたちは、「それ」を使ってよく遊んでいるので、「遊具」かも知れない。遊び終えて放置された物体は、「教える」ことや「遊ぶ」ことから解き放たれ、ただ「材」や「具」と化す。それらのいくつかに、たまたま窓から差し込む光が当たる。単にその色やかたちだけを純粋に主張する様が、この上なく無用で美しいと思える。

かつて友人に「Saltさんのつくるものって、実用性のないものばかり」と言われたことがある。彼は私をほめたつもりはないと思うが、私は全くその通りだと思い、ちょっと嬉しかった。そういうものをこそ、私は愛してきたからだ。

そして、私自身が私にあてがわれた意味や機能を拒否し、いつか本当に「無用のもの」となりたい。
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by lastsalt | 2015-01-22 21:55 | Comments(10)

いろ・ひかり・かたち


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ことばにゆきづまると、こういうものが気になる。
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by lastsalt | 2015-01-21 21:39 | Comments(0)

朝のひとこま


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「朝顔につるべとられて」ではないが、あわただしい朝、猫に洗面台をとられてしまった。
「そんなに急いでどこいくの?」とこっちを見つめている。
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by lastsalt | 2015-01-19 19:54 | Comments(0)

経済の霧


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イギリスの「エコノミスト」の表紙にはセンスを感じる。日本には辛口が多いが、徹底的に侮辱するというのとはちょっと違う。背景にいろんな利権や勢力との絡みもあろうが、表紙のデザインとしては悪くない。

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2014年と2015年ではこんなに違う。今年は安倍の姿はない。これは一体何を意味するのか。ちょっと不気味である。用済みの傀儡はひとりずつ表舞台から消えてゆくのだろう。

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2013年にはこんな表紙の号もあった。しかし、これも単純にアベノミクスを応援していたわけでなく、「にわか経済政策と右傾化で中国に挑むけど、どうかな?」という意味のコメントもちゃんと添えてある。
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by lastsalt | 2015-01-18 13:57 | Comments(2)

カリカチュール


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フランスには古くからカリカチュールの伝統があった。

ドーミエやビゴーの絵にはどこかに気品のようなものがある。

そこには目の前の現実に対する憂いや、未来を少しでも変えようという示唆が含まれいる。

少なくとも、ただ誰かを愚弄するために描かれたものではない。

例の一連の絵は、カリカチュールの枠をラインアウトしている気がする。
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by lastsalt | 2015-01-17 22:35 | Comments(0)