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coolでhot 大真面目に遊び半分 それがいつでも上機嫌になれる塩加減


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by lastsalt | 2014-09-30 20:21 | Comments(6)

シロクロつけるぜ


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by lastsalt | 2014-09-29 19:50 | Comments(3)

カメラとバイク


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バイクに乗るには気持ちのいい季節だ。今朝は写真をプリントするため名張方面へ。余分にクルクル走り回った。バイクもカメラ同様、まだまだ思うままに操ることはできないが、バイクを楽しむことはできる。カメラも楽しむうちに技術も多少は上達するだろう。目的地がなくてもバイクを走らせることがあるように、撮りたいものが定まらなくてもシャッターを押してみるくらいのバカさが必要なのだろう。
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by lastsalt | 2014-09-28 22:35 | Comments(2)

写真に真は写るのか


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写真茶話会のグループ展にむけて、メンバーは着々と自分の方向性を定めて作品づくりを進めておられる。私は未だ暗中模索。さてどうしたものかと頭を悩ませている。

カメラは私の目や感覚よりも、ずっと鈍くで不器用な道具でしかないが、カメラで撮らなきゃ写真は写らない。

SIGNさんの口から「写真が唯一の表現であるとしたら」ということばが出た。う〜ん、それだと私はとんでもなく口べたな人間だということになりそうだ。

黙っている方が言いたいことに近い気がするときもあるが、何かを言おうとした以上は、たとえ短い詩であっても、自分らしくかたちにしたいものだ。
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by lastsalt | 2014-09-28 22:00 | Comments(3)

未消化流


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早朝の散歩のときに引っこ抜いて来た蔓を、理科室から廃棄され捨てられる寸前だった謎のガラス容器に入れて飾ってみた。誰も見向きもしないようなものにちょっと手を加えて、誰かを驚かせたり、喜ばせたりするのが好きだ。自然の素材と触れ合っているとふと我を忘れる瞬間がある。

後から起きてきた妻の反応が気になったが、ピアノの上を一瞥して無言。しばらくして、「それ、水入れんでええの?」「うん、枯れてもいいねん。そもそもつながってへんし」とわけのわからん会話。ちなみに妻は華道未生流師範。

さしずめ、私は未消化流といったところか。
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by lastsalt | 2014-09-27 22:06 | Comments(4)

蔓アート


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放課後、藤蔓で遊んでみた。流木ほどではないが、蔓アートも悪くない。
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by lastsalt | 2014-09-26 22:30 | Comments(0)

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3年生図工の取り組み。前回の「はんこではんが」を額装。

1週間前に数パターンの試作品を見せて、材料集めをさせる。みんな同じにすると楽(らく)なのはわかっているが、それでは楽しくない。特別支援学級入級児童を含む45名1学級。多様なニーズに2時間で対応できるかが勝負。何とか出来た。

子どもたちは、私の予想を越えてよくがんばった。ダイナミックに作品をカットする子、壁にかけないものを作った子。絵の前に額の一部をもってきた子。いいね。図工は楽しいな。
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by lastsalt | 2014-09-26 20:38 | Comments(2)

時のしるし


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「そんなによく、空模様の見分け方を知っていながら、なぜ時のしるしを見分けることができないのですか」(マタイ16:3)

「見よ。ダマスコは取り去られて廃墟となる」(イザヤ17:1)

アメリカ軍は、シリアとイラクで勢力を拡大するイスラム過激派組織「イスラム国」に対して、24日も戦闘機などが空爆を行ったと発表し、シリアでの空爆は2日連続で行われています。

アメリカ軍は、イスラム過激派組織「イスラム国」に対する空爆を現地時間の23日からシリアにも拡大していて、24日にはイラクとの国境に近いシリア東部で空爆を実施し「イスラム国」の車両を破壊したと発表するなど、シリアでの空爆は2日連続で行われています。
シリア東部のデリゾール県にいる反政府勢力の活動家はNHKの取材に対し、「デリゾール県では、23日に続き24日もイスラム国の拠点などに向けて30回以上にわたって空爆が実施された」としたうえで、「空爆で一日中、町からもうもうと煙が上がっていた」と話しました。(NHKニュース)

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by lastsalt | 2014-09-25 23:42 | Comments(0)

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これほどベタで刺激的なタイトルの本もめずらしい。非常に偏ったキワモノ本であるにしても、とりあえず読んでみようかなと、珍しく定価で本を注文した。ここ数年の学校現場で起る生徒指導上の問題にも参考になるのではと直感した。

著者は大学教授であり、刑務所でのカウンセラーだが、もともとが英語の先生で生徒指導の経験もあるという変わり種。

そもそも犯罪というのは、人間の心の中にある「攻撃性」が表出したもの。自分が起こした問題行動が明るみに出たときに、最初に思うことは少なくとも「反省」ではない。簡単に第三者が納得するような反省にたどり着けるような人間ははじめから犯罪なんかおこさない。犯罪ではなく、過失であったとしても被害者ではなく、加害者である自分の身を守ることばかり考えるのが人間だ。

受刑者は、例外なく、不遇な環境のなかで育っている。親や教師から大切にされた経験がほとんどない。彼らは孤独がこわいので、居場所を求めて人と群れたがるが、そこはたまり場でしかない。居場所とは、本来「ありのままの自分」でいられるところだが、彼らは「ありのままの自分」を抑圧されて育っている。自分を大切にできない人間は他者を大切にすることなどできない。自分を大切にできてはじめて、他者を大切にできる。
 
被害者の心情を理解させるプログラムは、再犯を防止するどころか、再犯を促進させる可能性がある。それは、自尊感情を損ない、心に大きな重荷を背負わせることになるから。自己イメージを低くしていくと、社会に出てから他者との関わりを避け、ますます孤立していく。

刑務所で真面目につとめることにこそ、再犯に至る可能性をはらんでいる。自分の感情を押し殺し、心を開ける仲間をつくらないまま、ただ刑務官のいうままに、真面目に務めることによって、出所していく受刑者は、抑圧された分だけパワーアップして出所していく。社会に出しても、常に他者の目を気にする人間になる。そして、容易に人間不信となり、人とうまくつきあって生きていく意欲を奪ってしまう。人とつながる術を知らずに再び社会に放り出されると、どうしていいかわからず自暴自棄になる。孤立とヤケクソがセットになると大きな事件が起きる。

単調な毎日を漫然と過ごすだけの受刑者にとって、被害者のことを考えるのは、もっとも向き合いたくないこと。まじめに刑期をつとめて罪を償っているのに、なぜ、被害者のことまで考えなくてはいけないのか。身勝手だけど、これが受刑者の言い分。そんな中、被害者の心情を考えさせるは逆効果である。

内観とロールレタリングは、「反省の道具」として使われていて、うまく活用されていない。大事なのは反省や謝罪ではなく、抑圧されていた思いや否定的感情を吐き出すこと。そのことによって、はじめて相手の立場というものを考えられる。なぜ、犯罪に到ったのかを本人が理解出来て初めて、被害者のことに思い至るのである。

「問題行動→反省→固い決意→指導終了」という流れは、受刑者の更生にも、そして学校教育の生徒指導にも当てはまる。反省させるだけの指導を見直してはいかが?

というような内容だ。もとより、私は予定調和的に「その場を丸くおさめる」謝罪はあまりさせたことがないし、自分もそういう謝り方は絶対しない。「反省文」や「土下座」などというと、いずれもそれを強いられる人たちより、強いる人々に嫌悪感を覚えるタイプなので、共感できる部分は少なくなかった。

受刑者も、カウンセラーも、そして私も紙一重。「その紙一枚を越える越えないかが非常に大事なのだ」と杉下右京がドラマの中で犯人を諭していたっけ。
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by lastsalt | 2014-09-25 03:33 | Comments(0)

再稼働反対


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そもそも「安全規準を満たしているか」どうかなんて、再稼働を認めるかどうかということの論拠にはなり得ない。「原発は想定外の事故を起こす」ということは証明済みである。新しい安全規準が想定外の範囲を少しばかり広げたからと言って、すべてを想定できたわけではないことくらい誰にでもわかるはず。多くの人からいのちや財産やふるさとを奪いながら反省も保証もなく、さらに罪と恥を上塗りするような所業は、愚かさを通り越して狂気の沙汰である。

たとえ事故が起らなくても、先の事故の原因究明や対策がほとんど出来ぬまま、情報を隠蔽、ねつ造していることに怒りを禁じ得ない。国民の多くが断固反対し、不安をかかえている事柄について、まともな議論もせず、あたかも正当な手順を踏んだような顔をして強引に進めて行くやり方を黙認することは出来ない。

デモには参加していないが、同時代を生きる一国民の責任として、明確に意思表明しておきたい。
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by lastsalt | 2014-09-25 02:52 | Comments(0)