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coolでhot 大真面目に遊び半分 それがいつでも上機嫌になれる塩加減


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銀の斧


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懊悩、あるいは、Oh No!って日々が続いている。想定外も想定に入れてはいたが、私が予想していた程度を遥かに上回る想定外だったため、困難な状況は続いている。

知識や経験や、時には愛情でさえ、問題解決の妨げになることもある。いや、そもそも問題が解決されるとは、どういうことを指してそう言うのかさえ、本当は誰にも簡単に答えられるものではない。

私は自分の失った斧を取り戻したいだけ。その斧でちゃんと汗をかいて対価を得たいのであって、正直を手段にして、金、銀が欲しいわけじゃない。
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by lastsalt | 2013-05-30 01:20 | Comments(2)

作曲家として


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ある保護者との面談中に隣の学校の校長先生から電話があったようだ。「8時15分までなら学校にいるので電話が欲しい」という伝言をもらったのは8時5分。

「どこも忙しいんだなあ。それにしても今頃なんだろう?」最近ろくなことがないので、ちょっと嫌な予感もあったのだが、「おはボンのCDに傷がついたので、新しいものをもらえないか?」という内容だった。

この学校では、登校時に毎朝「おはボン」をかけてくれて、もう6年以上にもなる。たくさんの曲を作って来たが、一番多くの人に繰り返し聴いてもらっているのは、やはり「おはボン」のようだ。不思議な力をもった曲だ。いつか子どもたちの声できちんと録音したい。

昔は、自分が教育音楽に関わったり、子どものための曲を作るようになるなんて思ってもみなかったが、こんなかたちで自分の音楽が受け入れてもらえているのは幸せなことだ。

私は、演奏家や歌い手として以上に、作曲家としてのこだわりの方が強い気がする。要するに、もっと上手な人や、子どもたちに歌ってもらえるのが本当はずっといいと思っているのだ。子どもたちが何となく口ずさんでくれていたら、それが一番嬉しいかも知れない。
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by lastsalt | 2013-05-29 01:04 | Comments(0)

ニセモノ


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社会学者マックス・ヴェーバーが「預言者の条件」について書いている。

①本人の意思とは無関係に選ばれてしまう。
②報酬をもらわない。
③特別の訓練や能力が必要ない。
④権力と距離を置き反体制。

この指摘は実に興味深い。そして、聖書を読む限り、確かにそうである。

いわゆる「現代の使徒、預言者」を名乗る人たちは、この条件をほとんど満たしていない。むしろ真逆である。

①本人の強い意志による。それを献身などと呼ぶ。
②多額の報酬を求める。
③キリスト教組織において特別の訓練を受け、能力を磨く。
④権力に近く、政治的であることが多い。

昔も今もキリスト教なるものはろくでもないが、「宗教改革」、ことにカルヴァン主義がその後の社会にどのような影響を与えたかについてのヴェーバーの考察は鋭い。

キリスト教はニセモノの文化である。ニセモノがこれほど明らかである以上、どこかにホンモノは隠れているのだ。ホンモノがあるからこそ、ニセモノは存在できるからだ。
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by lastsalt | 2013-05-26 13:09 | Comments(0)

731


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幽霊だの慰安婦だの、直面する様々な問題とは無関係の話ばかりだが、幽霊や慰安婦に顔をしかめてもっともらしい発言をする連中ほど、根拠のないものに怯えたり、下半身をコントロール出来ずに女性を粗末に扱う傾向があるように思える。

写真は、731の機体ナンバーの軍用機に乗り込む我らが首相。そう言えば、数日前には読売の96番のユニホームを着ていたっけ。海外にもとびまわってリコール商品を売りにまわっている。何ともサビリミナルなシンゾーさん。胃腸とオツムは弱いが心臓は強そう。安全がなくても安心できるのは無責任で馬鹿だから。

こういうリーダーをいただく国家の教育の末端を担う公務員として、日々愚かな教育行政のしわ寄せに抗っているわけだが、日々深い嘆息。そして、時に赦しがたい怒りにふるえる。憂いや義憤を失ってちんまりと目先の欲望を満たしながら日を過ごすことなど、私には出来ない。
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by lastsalt | 2013-05-25 10:02 | Comments(0)

それで?


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霞立つ長き春日を子供らと手まりつきつつ今日もくらしつ 良寛

国語の教科書にこの良寛の歌や芭蕉や蕪村の俳句が出て来る。3年生の教科書にもこういうのが出始めているのは面白い。

教材は所詮「素材」にすぎないので別に何だっていいのだが、こんな心境は老人か世捨て人か私みたいな変人教師ぐらいにしかわかるまい。普通の小学生にはまず理解できる内容ではない。こんなものを小学校の教材採用する編集者がまず何もわかっていないのがわかる。教科書にはすべてひらがなで表記されているが、そういう問題じゃない。

取りあえず何も解説しないで、使い始めた国語辞典で意味を調べて内容を考えてみることにした。まず「かすみたつなんてのっていません」から始まる。

子どもたちが国語辞典で、一生懸命に調べている姿は悪くない。良寛さんが、春の日に連日子どもとまりつきして過ごしていたことくらいは調べれば誰でもわかる。

それで?

テストで答えるのはそこまでかも知れないが、「頭を使う」とか「感性を磨く」っていうのは、ここから先のことをいう。

聖書を読むのも同じこと。
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by lastsalt | 2013-05-24 01:44 | Comments(2)

写真の時間は流れてる


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Y.B.M氏が、自身の家具工房であるSiGNで開いておられた「写真茶話会」に終止符を打たれた。私のアトリエでの講座を開いてくれるようにと話を持ちかけたのは5年前のことだった。私は3回シリーズをお願いしただけだが、写真への情熱を再燃させた彼は、4回目以降を写真茶話会というかたちで継続させたわけだ。改めて「ご苦労さま」とお伝えしたい。

私がいるとやりにくそうなので、最終回に参加したいという思いと、自分のペースで終わらせてあげたいという思いの葛藤の末、見送ることにした。ラッキーさんはじめ、受講者の皆さんとお会いしたい気持ちも強かったのだが、これまでの総決算の場に私が行って、話題を奪うとさらに時間がかかっただろうから、判断は正しかったと言える。

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私も彼が茶話会をやめる前に、アトリエを引き払い、教会の会堂もあけ渡したので、とりあえず、ここでいったんポーズ・ボタンを押した気持ちはわからないではない。(ストップじゃないです)

人は変化し、成長しても、やはり「その人自身」であり続ける。しかし、出逢いや思い出は膨らみ続けるだろう。人は「写真を撮る生き物」である。つまり、記録し記憶する「物語」を必要としているわけだ。私は私なりに自分のとる写真で彼の気持ちに応えたいと思っている。
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by lastsalt | 2013-05-22 01:02 | Comments(4)

屈折したイメージ


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どうしたらこんなに汚れるのか?しかも、服は裏側。

今日はほとんど教室に戻らなかった彼。こんな状況を良しとしているわけではないが、「ありのまま」を受け入れることからしか始まらない。

「しかしまあ、見事に汚したなあ」
「そんなに汚れてる?」
「写真、とったるわ」
「へへへ・・・」

ほとんど教室に入って来ない子は、実際の教室の影響は受けにくい。しかも、自分の頭の中の教室のイメージと戦っているのだ。生きづらさと、甘えと、システムの矛盾が絡み合って、こんがらがったまま、時々、こういう子たちが私のふところに飛び込んで来る。この種の絡まりを解きほぐすのは簡単ではない。

「私は誰よりもおまえの味方なんだ」とは言わず、今はただルール違反を叱る。学校や教室のルールは簡単に変えることは出来ない。しかし、ルールからはみ出なくても楽しくやれる術はある。そのことをわからせ、身につけさせてやりたいだけだ。

組織から逃避したり、他者と無意味に対立したりする人は、実際の組織や人ではなく、自分のイメージの中で葛藤していることが多い。心の傷や苦い根を抱え、それを解決できないまま、本質から目をそらして、自分にしか出来ないことを自分以外の何ものかのせいにして生きているのだ。たった一粒の涙で宇宙は歪んで見える。

勝手なふるまいをしている人間は決して楽しくはないはずだ。
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by lastsalt | 2013-05-20 23:29 | Comments(8)

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棚田がきれいだ。人が自然と美味く調和している感じがする。

農業は地産地消が一番いい。

「農村」の農業の在り方ではなく、地産地消できない「都市」を変えなければいけない。「農村」の人手不足、嫁不足の問題の本質は、狂った「都市」の中に潜んでいる。

人の口に入っていのちを支えるものを工業製品と同じように考えるのは間違っている。

米を主食とする日本の農薬基準は、アメリカ米のそれとは大きく隔たりがあるのは当然だ。日本の厳しいと言われる基準でさえ、米作りをやっている農家の人たちにとっては、自分の口に入れたくないレベルの毒性である。

こういうものまで「自由な貿易の障壁になる」という類の主張に屈して、米のみならず、毒まみれのあらゆる食品がスーパーに並ぶことになるのだろう。アホな庶民は、少しだけ安い外国産を買って、病気になって高い医療費を払わさることになっても、「景気がよくなった」と喜ぶのだから、愚かさも極まれりである。
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by lastsalt | 2013-05-19 10:52 | Comments(0)

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3年生たちがようやくおうちへ帰ってくれたかと思ったら、4~6年生を相手にとどめの「いきいきタイム」。要するにクラブのようなものだが、今年は「スーパーサイエンス」を担当している。今年こそリコーダーをやる予定だったが、子どもたちには、内容のプレゼンも出来ず、担当者も知らせずに募集しなければならないという条件では、リコーダーは地味すぎる。学校というところは、「重要な情報は隠す」というのが常だ。

今日はスライムづくり。PVAにホウ砂を混ぜ、食紅で色をつけ、バニラエッセンスで香りをつけるだけだが、子どもたちはこのフニャフニャの感触をけっこう喜んでくれる。時間があれば、スライムに砂鉄を混ぜ込んで、ネオジウム磁石を抱き込ませる実験もしたりするが、そこまではちょっと無理なので、作って、片付けて、お持ち帰り。

私はサイエンスのワンポイント・レクチャーをする係。スライムにちなんでゲルのお話。ゼリーや豆腐やこんにゃくやわらびもちの話から、子どもの大好きなネリ消しの作り方まで、3分間にまとめての内容だったが、けっこう真面目に準備してきっちりしゃべることにしている。これがなければ、サイエンスなどと言いながら、ただのお遊びになってしまう。

4年生以上にもなると、ただ楽しむだけじゃダメってことかな。
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by lastsalt | 2013-05-18 01:29 | Comments(0)

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春の社会見学で大阪市立科学館へ行ってきた。プラネタリウムやサイエンスショーに加え、様々な科学の原理を体験的に学習できる展示がされている。

原理を理解するのは、3年生にはちょっと難しすぎるものも多いが、とにかく遊んで楽しむことは出来る。

子どもたちが遊んでいるのを見ていると、原理がわかっていても楽しんでいない大人の方が馬鹿に見える。人生を楽しんでいる奴がえらいのだ。
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by lastsalt | 2013-05-16 22:41 | Comments(6)