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東北の旅を終えて


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東北の旅から帰って来た。走行距離約1300キロ。実に面白い旅だった。ゆったりのんびりは出来なかったが、非常に密度の濃い時間を過ごした。今は気だるく心地よい疲れの中で、旅先での出会いや発見を静かに咀嚼し反芻しているところ。

ブログで発信できる内容は限られたものになるが、書ける範囲で少しずつ書いてみようと思っている。今回の旅は仙台市在住のN氏夫妻と会う為に企画したものだ。メールのやり取りで感じるN氏の人柄や信仰を確かめたかった。そして、今回の災害をどのように捉えておられるかということを現場で聴いてみたかった。福島のモモさんとも会えることになり、楽しみはさらに大きなものとなった。

N氏夫妻の呼びかけで仙台ラブリ聖書教会で有志の兄弟姉妹と交わりの時間を作っていただいた。その中で「私たちの交わりとは・・・」という主題でお話した。渇きのある熱心な兄弟姉妹が集まってこられた。福島からモモさんも来てくださった。

かなり濃厚な内容だったが、さらに夕食後もずっと共に語ろうとしてくれる方々がおられたり、仙台を発つ日の朝まで新たに会いに来て下さる方もあったりして非常に嬉しかった。

メッセージは、メッセージ・ブログより配信予定。
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by lastsalt | 2011-08-31 20:23 | Comments(8)

一期一会の授業づくり


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地面すれすれに咲いている朝顔に心ひかれた朝。出勤途中に高峰あたりから見下ろす盆地に雲海が広がっていた。

今日は一日授業づくりに関する研修。

かなり、一生懸命取り組んだので、脳みそがずいぶん更新された気がする。前にも書いたが、ここ数年で私の授業観にはかなりの変化があった。

これまでも授業づくりには、私なりに様々な工夫を凝らしてきたつもりだ。しかし、私にとって授業の中心は価値や情報の伝達だったとように思う。いかにわかりやすく教えるかが最優先だった。

ところが、教えたい価値や情報をこちらから簡単に伝えずに、ねらいや核心に子どもたちの側から到達させるような子どもどうしの学び合いを中心にした授業づくりにシフトチェンジしていくべきだと考えるようになった。

つまり、教えたことを「わかりましたか?」と問うのではなく、子どもたちに「わからないこと」を出させながら、認識や理解のズレを、子どもどうしで埋めていくような展開を作っていくのである。

授業の中で「わからないこと」が焦点化されていくためには、子どもたちの問題意識と、安心できるような穏やかな人間関係がなければ成り立たない。良い授業は確かな学級経営を離れては有り得ない。だから容易ではない。

去年から、私は初心に返って学級経営や授業づくりに取り組んでいるが、思うようになることより上手くいかないことの方が多い。過去の財産でのやりくりで対応できるような甘い世界ではないのだ。

問題を解決しようという意欲も、わからないことを抱え込んで耐える粘り強さも乏しい現代っ子たちを振り向かせ、子どもどうしをつないで共に育てる、そんなスキルをもっと磨かなければ・・・。

子どもたちの「わかった!」という笑顔を見たい。「楽しい。もっとやりたい!」というつぶやきを聞きたい。

9月まで1週間。いよいよ2学期が始まるカウントダウン。

明日の午前中は校区の歴史を学ぶ研修をして、午後からは東北へと向かう。
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by lastsalt | 2011-08-25 23:51 | Comments(4)

福島のももさんへ


福島のももさん、こんばんは。

お久しぶりです。お元気ですか?事務局よりお知らせがありますので、メッセージ・ブログからご連絡ください。

それと、今週末に仙台に行きます。いろんなことが上手くいけば、もしかしたらお会いすることも出来るかなあと若干の期待もありますので、ケータイの連絡先もいただけると嬉しいです。

ヨロシクお願いします。
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by lastsalt | 2011-08-25 19:04 | Comments(1)

法廷で考えたこと


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冤罪が生まれるシステムや人間の心理的背景には興味があり、特に取り調べの可視化に向けて動きには賛成している。狭山事件の石川さんの話も、松本サリン事件の河野さんの話も直接お会いして聴いている。裁判員制度の是非をめぐっても意見はわかれるところだが、私は多少の無理はあっても少しでも市民が司法に関わるのは悪くないと思っている。

そういう興味もあって、今日は仕事で弁護士会館と裁判所へ行き、弁護士、検察官、裁判官の講義と現場の高校教師の授業の研究報告を聴き、さらに実際の裁判を傍聴してきた。

私もかつて住宅問題で企業の顧問弁護士とガチンコ対決したことがある。弁護士の平均的情報処理能力や論理の構成力は決して低くはないが、所詮はルールのある喧嘩なので、法律を全て知らなくても簡単に負けはしないなと感じた。私がエラいのではなく、聖書を知っているということは六法全書など簡単に吹き飛ばす力があるのだ。

裁判が終わった後、裁判長の席に座って法廷を見渡した。実にチャチいセットである。こんなものは
ただのゴッコ遊びにすぎない。しかし、腐り果てたこの世界でさえ、一応こうした手続きを踏んで裁きを行うわけだ、

人が人を裁くのは難しい。個人が自分の受けた不利益に対して個人に復讐することをしないのは、国が罪人に対して罰を与えることを期待しているからである。

私は国の法律と裁判以上に、神の律法と裁きに信頼する。やがて、全ての嘘やごまかしは暴かれ、あらゆることに正しい裁きが行われる。私はただひたすらそのときを待ち望む。それは、私が正しいからではない。私の弁護人はイエスであり、イエスが私の罪を購ってくださったから。

もし、イエスの弁護がなければ私は死刑。しかも、その罪状はかなり重く、この世から消えるだけではつぐないきれるものではないだろう。
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by lastsalt | 2011-08-24 23:16 | Comments(0)

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旧約聖書にウザという人物が出てくる。神の箱が安置されていた家の長アビナダブの息子である。ダビデ王の時代、エルサレムはイスラエルの首都となったものの、ずっと異邦人が住んでいたので偶像礼拝の町だった。そこで、ダビデは神の箱(アーク)をエルサレムに搬入しようと企てる。ダビデは祝祭を催し3万の精鋭を召集した。このとき、牛車に神の箱を載せて運搬したのが、アビナダブの子ウザと兄弟アフヨだった。アフヨは神の箱の前を進みウザは後ろを進んだ。行列は順調だったが、しばらくして牛がよろめく。後ろにいたウザは大事な神の箱が落ちてはいけないと、反射的に手を伸ばして押さえる。しかし、聖なる神の箱に直接手を触れたので、神は怒ってウザを殺してしまう。その結果、神の箱のエルサレム搬入は一時中断されたという話。一般に「ウザの割り込み」あるいは「ウザ討ち」などと言われている箇所である。

これは、ダビデが神の箱の運搬に関する律法を軽んじた為に起きたことなどで、そうした観点でのみ語られることが多い。しかし、ウザがここで死ななければならないことはあまりにも理不尽に思える。聖書の中には、我々の生活感覚や常識から考えると、どうしても理解出来ないことがある。勿論理解出来ないからこそ信じるのであるが、こうした「何故」を大事にすることを忘れてはならない。
それを神の向かって問うことは、不信仰ではなく、むしろ本当の信仰へと導かれることが多い。

ワッフル夫妻はこのウザの箇所の「何故」を追求された結果、「ウザはキリストの十字架の雛型である」という真理を発見された。私も全く気づかずにいたことなので、改めてその箇所を読み返し、検証させていただいた。

メッセージ・ブログにて、「果たしてウザはウザいのか」をテーマにお話した「タツヤとトミオの信仰放談(その3)がまもなくアップされる予定なので、興味のある方は是非どうぞ。

いや~、それにしても聖書は深い。聖書オタクになってはいけないが、聖書をちゃんと知らなければリアルな人生も存分に味わうことはかなわない。

(写真は、ワッフル家のガレージ壁面の工具類)
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by lastsalt | 2011-08-23 19:49 | Comments(5)

食べる


信仰を持つまでは、食べることが面倒でならなかった。胃袋を満たす為に額に汗して働き、殺し合いまでする人間という存在を哀れに思った。「日光浴でもしていれば、脇の下に芋でも出来ないかな」などとありもしないことを考えた。

しかし、自らを生かすために他の動植物から養分を横取りして生き延びる宿命はキリストの贖いの型であり、食事というのはすべて聖餐につながっているのだと理解してからは、食べることが楽しみとなり、喜びとなった。

食事の前のとってつけたような祈りもあえてしなくなった。宗教は嫌いだ。何を信じ、どんな態度でいただくかということ自体がすでに信仰であり、祈りそのものだからである。

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Saltが冷蔵庫の残り物を使って作ったテキトーな焼き飯。仕上げにフライパンの上で握りつぶした庭でとれたプチトマトと最後に入れたレタスのおかげでサッパリしてなかなかいい感じ。





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娘が作った絶品ロールキャベツ。柔らかすぎず硬すぎずちょうどいい感じに仕上がっていた。味もしつこくないのでスープも飲める。ついつい食べ過ぎてしまう。





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次男が家庭科の宿題で作った地産地消メニュー。奈良ではカレイはとれないが、野菜類は義母の畑で作ったもの。最近はこんな宿題が出るようだ。私の時代は家庭科そのものがなかった。
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by lastsalt | 2011-08-22 23:36 | Comments(2)

空蝉


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学校で草刈りをしているときに蝉の抜け殻を見つけた。蝉の抜け殻のことを「空蝉」というが、美しい日本語である。「空蝉」(うつせみ)は、「現人」(うつしおみ)が転じたもので、現世や現世に生きる人を指す。

蝉の抜け殻を現世における人の在り様と重ねる感性は素晴らしいと思う。「うつ」は虚であり、本来の実存は別にあって、それが「写ったり」「移ったり」「映ったり」しているのだと考えたとするなら、それは非常に聖書的でもある。聖書を知らずとも、真理に触れている。

蝉の抜け殻は、まさに終わりの始まり。蝉という昆虫の不思議な変態について考えながら、ひたすら草を刈るSaltでした。

空蝉一太刀浴びし背中かな 野見山朱鳥
空蝉の中にひとりの女棲む 渡辺珪永子
空蝉のまなこに光ありにけり 水谷郁夫

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by lastsalt | 2011-08-22 02:20 | Comments(0)

泳ぐ


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1日机にかじりついていたので、先週に続いて夕方から隣町のプールへ。約1時間かけて1kmを泳いだ。水泳というよりは、何も考えずにからだが水みたいになってプールを漂うのがいい。泳いだ後のけだるい体をシャワーの爽快感が包む。また、時間を見つけて時々は泳ぎに行こう。
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by lastsalt | 2011-08-21 01:47 | Comments(0)

洋画教室へ


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ここ数年、夏の恒例となった洋画教室へ。丸一日何も考えずに絵を描くという贅沢な時間を過ごさせてもらった。参加者は県内外の美術教師。毎年1回会うので少しずつ親しくなってきた。今日は4人で一緒に昼食をとり、高校での美術のカリキュラムを聞かせてもらった。

話を聞いて感心しながらふと気づいたのは、私は高校では音楽を選択したので、美術は義務教育までしか受けていないのだ。この講座も美術教員のために開かれているのだが、私は小学校教諭なので、厳密には美術教員というわけではない。

私はきちんとセオリーを学ばずにひとりで描いてきて、それで賞をもらったり、厚かましくも欲しいと言ってくれる人に売ったりしてきたので、きちんと学んできた人たちと一緒に絵を描き、大学の先生からアドバイスをいただくのはとても新鮮に感じる。

「芸術にはセオリーなんか別にない」というのが私のセオリーだが、一般に大事だとされているセオリーを知っているにこしたことはない。リコーダー講座を受講してくださっていた音楽専科の先生たちは、私の音楽観を面白がってくださるのだが、私も専科の先生たちの音楽観と相対化させることで、自分の音楽を確認できるのが面白かった。

今日は改めて初歩の初歩を教えてもらい、自分のやり方とはかなり違っていたことに気づかされたことがあった。と言うより、「そんなことも知らんかったか!」と自分にツッコんでいた。まあ、誰にも教わらなかったし、尋ねもしないし、How to 本も読まないんだから仕方ないか・・・
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by lastsalt | 2011-08-19 23:40 | Comments(2)

停りませんか?!


北海道泊村にある泊原発が本格稼動に向かって動き出す。有り得ない選択であり、非常に情けない。完全に海江田氏と高橋知事との出来レースである。経済産業省は何としても、プルサーマル原子炉を稼動させなければならないという狂気の使命感をもっているのだ。(注:北海道電力は3号機においてプルトニウム・ウラン混合酸化物であるMOX燃料を使う、いわゆるプルサーマル計画を進めている)

6日ヒロシマ、9日ナガサキ、そして15日終戦記念日があけての発表は、そのタイミングも人を舐めきっている。マスコミが節電を煽る夏場に、3号機を定期点検運転から営業運転に切り替えて既成事実をつくってしまおうということだろう。

思い起こせば、この泊原発は稼働時から、道民の意見を完全に無視するかたちでスタートしていたのだ。この国は、民主党や3.11でおかしくなったのではない。ずっと以前から民主主義など何処にもない。ずっとずっと昔から腐り果てている。(注:YouTubeで「反古にされた90万人署名①~④」を見よう)

東洋大の渡辺満久教授は、泊原発がある積丹半島西方沖約10キロの日本海の海底には「未知の活断層があり、長さ60~70キロで、マグニチュード7.5級の地震が起こりうる」と警鐘を鳴らしている。

さらに、検査結果の改ざんについても、担当した技師が実名で告発するなど、怪しい話が多過ぎる。

実り豊かな北の大地、自然を畏怖するアイヌの地が放射能で穢されるのは忍びない。

「問題の本質は、原発をどうするかではなく、原発をやめられない社会をどうするかである」と社会学者の宮台真司は言っているが、その通りである。

この後に及んで、まだ事実を隠蔽したり、あるいは軽く観たりして、原発を再稼働させたり、海外に売りつけたりするのは、まさに狂気の沙汰。やがて彼らにはふさわしい評価と結末が訪れよう。

北海道民よ、もっと怒れ!! 日本国民よ、もっと叫べ!!
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by lastsalt | 2011-08-18 14:04 | Comments(4)