学校で草刈りをしているときに蝉の抜け殻を見つけた。蝉の抜け殻のことを「空蝉」というが、美しい日本語である。「空蝉」(うつせみ)は、「現人」(うつしおみ)が転じたもので、現世や現世に生きる人を指す。
蝉の抜け殻を現世における人の在り様と重ねる感性は素晴らしいと思う。「うつ」は虚であり、本来の実存は別にあって、それが「写ったり」「移ったり」「映ったり」しているのだと考えたとするなら、それは非常に聖書的でもある。聖書を知らずとも、真理に触れている。
蝉の抜け殻は、まさに終わりの始まり。蝉という昆虫の不思議な変態について考えながら、ひたすら草を刈るSaltでした。
空蝉一太刀浴びし背中かな 野見山朱鳥
空蝉の中にひとりの女棲む 渡辺珪永子
空蝉のまなこに光ありにけり 水谷郁夫